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鮎川俊介の「晴行雨読」

晴れたら小さい旅、雨が降ったら静かな読書。風景や本、人との出会いを記録します。

伊勢崎神社(旧飯福神社)の彫刻

  「相川考古館」のある「 西町通り」から、左方向に延びる通りがあって、「呑竜通り」と標示がありました。

 太田市内で「子育呑竜」という大きな看板を見た記憶があって、その通りに入っていくと、やがて左手に伊勢崎神社があり、右手に本光寺(浄土宗)というお寺がありました。

 「呑竜通り」は、この本光寺にちなむものでした。

 というのも、幕末に太田の「子育呑竜様」を迎えて毎日七日を縁日と定め、盛大に御開帳や稲荷講を行ってにぎわったのがこの本光寺であったからです。

 その本光寺から、通り(呑竜通り)を隔てて北側にあったのが伊勢崎神社。

 13世紀にこの地の鎮守神として建てられたという。

 代々の赤石城主の信仰が厚く、明治になって氏子持ちとなりました。

 旧称は飯福神社。大正15年(1926年)に稲荷社をはじめとして町内の数社を合祀し、伊勢崎神社と改称したという。

 本殿・幣殿・拝殿がつながっており、一番奥の本殿は嘉永元年(1848年)に建てられたもの。

 驚いたのは、いたるところに緻密で彫りの深い彫刻が施されていたこと。

 当時の氏子たちの豊かな経済力や心意気を感じさせるものでした。

 この伊勢崎神社も、伊勢崎空襲を免れた貴重な建築物の一つということになります。

 

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